4月1日。新しい職場での一日が始まり、時計の針は18時15分を指してようやく区切りを告げる。この時間が定時になると、これまで当たり前のように足を運んでいた演奏会が、ふっと遠いものになる。仕事を終えてからでは開演に間に合わないことも多く、あの客席のざわめきや、最初の一音が鳴る瞬間の緊張感が、少しだけ手の届かない場所に移ってしまったような感覚がある。
それでも、楽器を触らないわけにはいかない。短い時間でもいいから、音を出しておきたい——そんな気持ちでマウスピースを当てる。
PPで、♩=60。LowB♭からLowEまで、16拍のロングトーン。
静かな息を送り込むと、音は出る。けれど、どこか頼りない。支えが足りず、芯が定まらず、わずかに揺れる音が自分の今の状態をそのまま映しているようだった。ほんの数日前まで、もう少し安定していたはずなのに、と内心で苦笑する。
続いてサイレントブラスをつける。音を外に出さない代わりに、自分の中へと意識が向く時間だ。
次回の合奏で予定されている曲の中から、指回しの厄介な「ザ・カーズ」を少し。頭では分かっているのに、指が一瞬遅れるあの感覚。もどかしさを感じながらも、ゆっくりなテンポでなぞるように確認していく。
そして、委嘱作品を軽く音出し。まだ全体像を掴みきれていないその音の並びを、探るように吹いてみる。
結局、練習できたのは15分ほど。新しい環境に身を置いた疲れが、想像以上にじわりと体に残っていた。
それでも、まったく吹かないのとは違う。
ほんの少しでも楽器に触れておくことで、感覚の糸が完全に切れてしまうのを防げる気がする。
焦らず、無理をせず。
それでも確かに、前に進んでいると信じて——
しばらくは、この“少しだけの積み重ね”で、技術がこぼれ落ちていく速度を、なんとか緩めていきたいと思う。


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